出産前後

赤ちゃんの低酸素虚血性脳症で後遺症は残る?

赤ちゃんが生まれた時に何らかのトラブルがあり、低酸素虚血性脳症であると診断されることがあります。最も心配なことは、後遺症についてです。ここでは、赤ちゃんの低酸素虚血性脳症について、後遺症について、お伝えしていきます。また、実際に低酸素虚血性脳症になった我が子の例も参考としてご紹介しています。

赤ちゃんの低酸素虚血性脳症とは?後遺症について

まずは、赤ちゃんの低酸素虚血性脳症と後遺症について、基本的な知識をお伝えしていきます。

低酸素虚血性脳症とは?

低酸素虚血性脳症とは、脳に十分な酸素がいきわたらなかった時間があるために何らかのダメージが疑われる状態です。赤ちゃんの場合は、生まれてすぐの呼吸が必要な時間帯に、何らかの理由で上手く呼吸が出来なかった時に起こります。言い換えれば、すぐに産声が聞こえず、新生児仮死状態が長かった時に起こります。

新生児仮死状態とは、生まれた時に正常な呼吸が出来ない状態のことです。新生児仮死状態では、赤ちゃんはぐったりして肌の色が悪くなります。新生児仮死には軽度から重度まで異なった度合いがあります。生まれてすぐ、のどや気管の羊水を吸って呼吸を促すことで泣き出す赤ちゃんもいれば、さらに酸素吸入が必要な赤ちゃんもいます。その後の様子によって、点滴を投与しながら酸素吸入を続けます。

そのため、新生児仮死状態で生まれた赤ちゃんの全てに、低酸素虚血性脳症という病名がつくというわけではありません。呼吸が上手く出来なかった時間が特に長かった場合、低酸素虚血性脳症が疑われることが多いようです。参考までに、私の子どもの場合は、生まれて約15分の間、自発呼吸がありませんでした。

治療について

低酸素虚血性脳症の場合、赤ちゃんはNICUに搬送され、様々な処置を受けることになります。私は医師ではないため専門的な詳細は分かりませんが、経験上、たくさんの点滴や酸素を送るチューブが装着されます。さらに、脳への追加的なダメージを防ぐため、「低体温療法」という処置がなされました。これは、赤ちゃんの体温を一定時間、低く持続させる処置です。これにより、脳への追加的なダメージを防ぎ、後遺症が増えるのを防ぐ効果が期待されます。この処置を行うには色々な条件があるため、全ての赤ちゃんが適用になるとは言い切れません。また、後遺症が全く残らないというわけではないとのことです。参考までに、私の子どもの場合は、NICUに3週間程お世話になりました。

予後について

低酸素虚血性脳症の赤ちゃんは、その重症度によって、予後は様々です。悲しいことに亡くなってしまうケースや、寝たきりになってしまうケースもあります。まずは、酸素を送るために口に挿入されたチューブを抜くことができるかどうかが、第一関門です。チューブを抜くことができないくらい、自分の力での呼吸が難しい場合は、のどの部分を切開して直接チューブを入れることになるようです。参考までに、私の子どもの場合は、生まれて4日が過ぎた頃に、口のチューブがはずれ、酸素吸入のマスクをあてられました。

後遺症について

赤ちゃんが低酸素虚血性脳症であると診断された場合、心配なのが後遺症についてです。低酸素虚血性脳症は、脳に十分な酸素が行き届かなかった時間が長い時に起こると考えられます。そのため、脳に何らかのダメージが残っている可能性があります。

後遺症は、脳の損傷場所や度合いにより内容が異なります。身体の震えや麻痺など運動面、言葉の遅れなどの知能面、どちらにも可能性があります。これらは、赤ちゃんの脳波検査や脳のMRI検査を行うことによって検知できます。しかし、赤ちゃんの発達は未知数であることが多く、全ての障害を予見することはできません。検査の結果異常が見つかっても何も症状が出ないことや、反対に、検査の結果異常が見つからなくても何らかの症状が出ることがあるのです。そのため、新生児仮死で生まれて脳へのダメージが疑われる場合、赤ちゃんの発達を定期的に見守り、異常がないか確認することになります。異常があればすぐにリハビリなどを始めることによって症状を軽減させていくことができるかもしれないからです。

以上のように、後遺症の有無や程度、内容などは千差万別です。私の場合も、後遺症について不安で仕方がなく、毎日インターネットで検索していました。けれども、情報が少なく、不安が増すばかりでした。そのため、この記事が少しでも参考になれば嬉しい限りです。以降に、私自身の体験談をご紹介していきます。

赤ちゃんの低酸素虚血性脳症と後遺症、体験談

私のお産は、妊娠37週2日の朝、自宅での破水から始まりました。すぐに病院に行って、そこで自然に陣痛が始まるのを待つことになります。NSTをつけたところ、まだ本陣痛は始まっておらず、赤ちゃんの心拍は通常通り元気でした。

破水しているため感染症の恐れがあることから、24時間の間に本陣痛が開始しなければ、陣痛促進剤を投与することの説明を受けました。実際、その時点では陣痛らしきものを全く感じていなかった私は、「まだまだかかりそうだな」とのんきに構えます。

病院についてから2時間30分、破水してから4時間が経過した頃でした。突然、強い陣痛が始まったのです。間隔は最初から2~3分おき、痛みも非常に強いものでした。ナースコールで助産師さんを呼び、陣痛を数回耐えていると、今度は赤ちゃんが出てくる感じがあるのです。強い力で押し出す感覚があり、それを押し返すのに必死でした。助産師さんに診てもらうと、既に赤ちゃんは出かかっているそうです。分娩室に移動する間もなく、そのままベッドで出産することになりました。

陣痛開始から約20分、赤ちゃんが誕生します。産声は上げず、全身が細かく震えていました。私自身の意識ももうろうとしていたのではっきりとは見られませんでしたが、肌の色も悪かったように思います。へその緒を切ってすぐに、赤ちゃんは蘇生措置を施されました。

医師の話によると、酸素を送って約15分後に自発呼吸を始めたとのことです。生まれた時の様子や蘇生にかかった時間などから、脳へのダメージが疑われると説明を受けます。その産院ではNICUがなかったため、赤ちゃんのみ総合病院へ搬送となりました。

診断は、新生児仮死、さらに低酸素虚血性脳症ということでした。脳に十分な酸素が行き届かなかった時間が長かったのです。これ以上脳へのダメージを増やすことのないよう、すぐに治療を始めることになりました。治療は、低体温療法が用いられます。この時は、72時間の間、体温を34度に保つことになりました。

72時間の間、何回かNICUに赤ちゃんを見に行きましたが、全くと言っていい程動きませんでした。スタッフの方の説明によれば、眠ってもらうための薬を使っているからとのことでしたが、不安で仕方ありませんでした。かろうじて確認できる胸の上下を見て、「我が子は必死に呼吸をして頑張っている」ということを、自分に言い聞かせました。

72時間が過ぎ、体温を元通りにしても、しばらくは動かないままでした。この、生まれて4日目、5日目が最も辛い時期でした。低体温療法は終了したのに、我が子の回復が見て取れなかったからです。医師の説明によると、赤ちゃんに眠ってもらうために投与していた薬の効果が切れるのが、いつになるか分からないからとのことでした。薬の効き方は赤ちゃんによって異なるようです。

生まれて6日目にNICUに行くと、我が子の手足が時おり動くようになっていました。さらに、すこしだけ目を開く様子も確認ができました。ほんのわずか動くだけでも、死ぬほど嬉しかったことを覚えています。

その後、1週間くらい経って、脳波と脳MRIの検査を行いました。検査の結果は、なんと異状なしでした。その時点では、異常は見つからなかったのです。我が子は奇跡的に、後遺症なしで退院することができたのです。

しかし、油断は禁物です。医師の説明では、今後いかなる障害も起こり得るとのことでした。そのため、定期的に発達の様子をチェックしてもらいに、病院を受診しています。低体温療法を行うことで、身体に負担がかかるため何らかの後遺症が出る場合もあるそうです。

まとめ

ここまで、赤ちゃんの低酸素虚血性脳症について、心配な後遺症に関してお伝えしてきました。また、私自身の体験談もご紹介しました。この記事が、ほんの少しでも誰かの不安を取り除くことができたら幸いです。

  • 赤ちゃんの低酸素虚血性脳症について、後遺症の有無や程度、内容などは千差万別